「さくら色 オカンの嫁入り」

記憶を掘り起こしていると、すごくここが良かったのにどう良かったのか思い出せない…!ということが多くて、自分の記憶力の無さに泣きそうです。「自分」が感じた感覚は覚えているんだけど「作品」がどうだったかは曖昧で…時間が経ってから記録するのって難しい。

そんなわけで、いくつか過去作品の振り返りをしたいと思います。これ以上忘れてたまるか。

「さくら色 オカンの嫁入り

再演されるということで見に行きました。
原作は咲乃月音さんの小説で、宮崎あおい大竹しのぶ主演で映画化もされています。
舞台としても2010年の初演から再演を重ねています。今回はプレビュー公演、大阪公演、東京公演、四国公演、長野公演がありました。

前回の興行は行けなかったのですが、興行期間中の溝口琢矢氏のご当地飯テロ・スイーツテロ・アイステロの被害に遭いまして、くそ…うまそうじゃねーか…楽しそうじゃねーか……!と、見に行けない自分と日々戦ってワナワナしておりました。
念願の観劇です。

キャストの方々のお名前を見ると錚々たる経歴をお持ちの実力派ばかり。
みぞたく、こと、溝口琢矢くんのお芝居をしっかり見るのは仮面ライダー以来で、舞台で見るのは初めて。
このキャストのみなさんの中で、齢21歳のみぞたくがどんなお芝居をするのか、とっても気になります。


さくら色オカンの嫁入り@博品館劇場 2017/2/15 東京公演千穐楽
原作未読、映画DVDのパッケージ裏のみ見た状態で、 1回のみの観劇です。

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・あらすじ(公式サイトより)
――ある日、酔っぱらったオカンが若い男を拾ってきた。
「今夜はね、おみやげあんねん。」
「分かった分かった、明日いただきます。」
「あかん、ナマモノやから、あかん」
……どちらさん?
「オカンな、この人と、結婚しよ思うてんねん」
――え?

テカテカの、いかにも安ものの真っ赤なシャツに今どきリーゼント頭の捨て男(研二)を連れてきたオカン。
強烈なその男の登場は、オカンと娘・月子、オカンの過去を知る隣人・サク婆、愛犬・ハチへと波紋を広げ、3人と1匹の穏やかな日常を静かに変えていく。
そして板前だった祖父・服部の血を引く研二の作る温かい料理。それはオカンと月子をとりまく人々の心を徐々に溶かしていき、さくら咲く春に本当の笑顔を届けることに!

・キャスト
研二…佐藤アツヒロ
陽子…熊谷真実
月子…荘田由紀
ハチ…溝口琢矢
街金屋/男…宮澤寿
服部…島田順司
サク婆…正司花江


・全体として
とても質の良い作品でした。

そんなたくさんの作品を見ているわけではないですが、若手俳優を中心に作品を選んでいると、若さ特有の不完全さや不安定さ、勢いや熱さを感じる作品が多くなりがちです。
また、今まで見てきた作品の傾向としても、特殊な舞台装置だったり、独創的な演出だったり。私が見てきたものはそういったものが多かったのです。
言うなれば、新規オープンの創作料理屋のような。
または有名プロデューサーがプロデュースするコース料理のような。

そんな中でこの作品は、折に触れて通いたくなる小料理屋のようでした。
良い食材を、こだわりの調味料を使って、丁寧かつシンプルに調理してくれる。
食べるとホッと安心するようなかぼちゃの煮つけやお味噌汁を出してくれるような。

ストーリーとしては事前に想像していた以上の事は起こらなかったし、派手な演出もありません。
ただただ丁寧な作りで、実力のある役者が丁寧に演じてくれる。全てが必要で、全てが十分。
そして、サクラの季節が来るたびにみんなに会いたくなる、そんな作品でした。
再演を重ねているのも納得です。私もまた彼らと一緒にさくらを見たい。


オカンと娘の月子と犬のハチと、オカンが再婚相手として連れてきた捨て男と、母娘を見守る隣のサク婆の、互いを大切に想いあう話。
月子は過去のトラウマが原因で家から出られなくなっています。劇中で数回、トラウマの原因の場面が繰り返されるのですが、まさにフラッシュバックでそのたびに心が締め付けられました。
そんな月子を見守る明るくて元気なオカンがある日突然家に男を連れてきて、オカンはこの男と再婚すると宣言し、男を家に住まわせます。
過去のトラウマから男を拒絶する月子ですが、オカンを、自分を、ハチを家族のように大切にする捨て男の姿を見て少しづつ心がほどけていきます。
終盤になり、オカンが捨て男との再婚を決めた理由、捨て男の過去とオカンとの結婚を決意した理由、オカンの娘への想いが明らかになります。
みんながそれぞれ辛い思いを抱えて、それでも大切な誰かを想い、誰かのために懸命になる。
そして月子も、オカンも、捨て男も、少しづつ家族になっていく、こころ温まる話でした。


当然ですが、本当にみなさんお芝居が上手でした。
特に服部役の島田順司さんとサク婆役の正司花江さんの貫録が見事で、最年少のみぞたくも他のキャストに全く引けを取ることなく堂々としていて立派でした。
みなさん年齢はばらばらですが、みんな対等な役者仲間という雰囲気を感じて、成熟したカンパニーという印象を受けました。



・役者 溝口琢矢について
彼はすごい役者だった、この一言に尽きます。
こんなにできる人なんだ…!と心底驚きました。

この作品での役どころは「犬」です。
犬。
名前はハチ。首輪とリボンをつけてます。ワンと鳴きます。散歩が大好きです。
でもただの犬じゃありません。時々誰も見ていないところでこっそり2足歩行をしたり、人間の言葉でこれまでの経緯や自身の心情を話してくれます。
オカンとねえちゃん(月子)を一番近くで見守り、寄り添っている家族です。
愛らしく作品の清涼剤のような役柄ですが、同時にストーリーテラー、そして重要な場面の引き締め役も請け負います。

これが、犬にしか見えないんです。本当に。
いや、そこにいるのは溝口琢矢なんですけど、「犬」として居る場面は本当に犬なんです。

私、犬を飼っていたので犬の仕草はよくわかるんですが、たとえば、
気だるそうに寝そべりながら、音と目線で周りの様子を把握しているところとか、
興味がない時は何となく背を向けて丸まって寝転がったりとか、
追い抜きざまに体をすり寄せて上目使いで顔を見上げてくるところとか、
さんぽいくよ!といった途端にぱああっと目が輝いてはしゃぎだすところとか、
遊んでいるときのきらきらはふはふしているところとか、
気になるものがあったら様子をうかがうようにそーっと近づいて行って、前足でつんつんして何か探っているところとか、
びっくりして猛ダッシュで逃げて、頭を低くして耳としっぽを伏せて、目線で様子をうかがうところとか。

本当に特徴をよくつかんでいて、犬にしか、見えないんです。
人間が犬にしか見えないって、ちょっとやそっとじゃできないですよ!
ましてや彼は犬猫を飼ったことはないとのこと。どういうことなんだ。

動きも犬でした。彼にかかる重力は私たちの半分なのか?と思うほど身軽で機敏。跳躍力もすごい。
ボールが跳ねるように走ったと思えば、のそのそと歩いたり。やはり犬。

一方、時々見せる2足歩行+語りの人間モードの場面では、きらきらとした少年の表情を見せてくれます。
ねえちゃんと仲の良い弟という感じで、オカンのこと、ねえちゃんのこと、自分のことを弾むように話してくれます。
犬モードの時と人間モードの時で、目が全然違うのが印象に残りました。
犬モードの時は本当に朴訥とした犬の目をしているんですもの。
人間モードに切り替わったときの溢れ出る目の輝きにあてられそうになりました。


本当に驚くほどの役の作りこみ具合でした。
役者といってもいろいろなアプローチがあると思いますが、彼は限りなく職人に近い印象です。
脚本を、役を、演出を十分に理解して、外面内面全てを緻密に作り上げていく、凄まじい職人魂を感じました。
そんなに緻密に作りあげているのに、彼自身はすごくフラットなんですよね。
きっと、役の作りこみは彼にとっては当然のことで、作りこんだ役をもっていかに作品を魅力的にするか。そういった俯瞰から見た作品全体としての表現を重要視しているような気がします。
バランス感覚も良いんでしょうね。ちょうどいい。主張するところもしないところも、絶妙なさじ加減です。



役の作りこみのほか、彼はすごいなと感心したのが、声の表現力でした。
特段大きな声を出しているようには感じないのですが、よく通る声質でセリフがとっても聞き取りやすい。
そして、ほんの少しの感情の機敏を「音」として繊細に表現していることに驚きました。
1か所、この作品を見ていて泣きそうになった個所があります。
それは、誰にもわかってもらえずに苦しんでいるねえちゃんを想ってハチが静かに独白するシーンで、ねえちゃん、ぼく知ってるよ、と語りだすところ。
この、ねえちゃん、の音、特に最後の「ん」の音が、こわれそうなくらいに繊細で、細かく震えていて。
言葉を理解する前に音が直接心に届いて、音の震えが体と共鳴して、反射的に涙が出てきてしまいました。切ない。切なすぎる。ハチいいこ。
(すいません音色で泣けるタイプの人間です。理解しがたいと思いますすいません。。)

役によって声色を変えることは役者であればある程度出来ると思いますが、ピンポイントで音色を意識してコントロールできるのであれば、すごい才能だと思います。
事務所の先輩・神木隆之介くんのような声のお仕事もやってみてほしいと強く思いました。


さらっと思い返すつもりがずいぶんと長くなって自分でも驚いています。
最後に、悶そうなくらい可愛かったハチのシーンを書きなぐって終わります。もっとたくさんあったのに思い出せない…くやしい…